片付けをしていると、思いがけず心が動く瞬間がある。
先日わたしは、「もう使わない」と思っていたものを手放した時、涙が止まらなくなった。
今日は、その日のことを少しだけ書きたい。
🍃 ただの古いノートのはずだった
クローゼットの奥から出てきた、分厚いノート。
社会人になってすぐの頃に使っていた、仕事のメモ帳だ。
もうページは黄ばんで、角も丸くなっている。
正直、実用的な価値はない。
「これ、もういらないな」
そう思って、手に取ったまま紙袋に入れた。
でもその瞬間、胸の奥がぎゅっと痛くなった。
ページをぱらぱらとめくると、丁寧な字でびっしりとメモが書かれていた。
失敗を繰り返していた新人時代。
上司に怒られた日。
悔しくて、泣きながら書いたメモ。
そこには「今のわたし」を作ってくれた、必死だった頃の自分がいた。
🪞 そのノートは、“がんばってた証”だった
当時のわたしは、何もかもに自信がなかった。
何をしても足りない気がして、周りと比べては落ち込んでいた。
「早く一人前になりたい」
「認められたい」
そんな気持ちばかりが先に立って、いつも息が詰まっていた。
けれど今見返すと、そのノートの字は不思議なほどまっすぐだ。
メモの隅には、小さな絵文字や走り書きの言葉。
“今日は少しうまくできた!”
“次は笑顔を忘れないように”
泣きながらも、ちゃんと前を向こうとしていた。
あの頃のわたしに、「よくやってたよ」と言いたくなった。
🌙 「もう大丈夫」と思えた瞬間
ノートを手放すか迷って、しばらく机の上に置いたままにしていた。
それでも、ふと気づいた。
もうこのノートがなくても、わたしは前に進める。
学んだことも、悔しかった気持ちも、全部自分の中に残っている。
それに、今のわたしには「もう大丈夫」と言える余裕がある。
泣きながら頑張っていた自分を、やっと優しく抱きしめられた気がした。
だからそっと、ノートを紙袋に戻した。
手放す瞬間、また少し涙が出たけれど、今度は穏やかな涙だった。
🕯 手放すことは、忘れることじゃない
捨てる=忘れる、ではないと思う。
形がなくなっても、そこにあった思いはちゃんと残る。
それに、心の中にスペースができると、新しい風が入ってくる。
片付けは、ただ物を減らす作業ではなくて、
「今の自分にちょうどいいもの」を選び直す時間。
あの日泣いたことで、わたしは少しだけ、過去と仲直りできた気がする。
手放すことは、さよならじゃなくて、ありがとうの延長線上にある。
そんなことを、あのノートが教えてくれた。
🌷 今日のヒント
捨てる時に泣けるものほど、
それは「ちゃんと生きてきた証」なのかもしれません。
無理に手放さなくてもいい。
でもいつか、「ありがとう」と言える日がきたら、
その涙ごと、静かに見送ってあげましょう。

