実家の片付けを手伝う時間は、
単なる“掃除”とは違う気づきをくれるもの。
モノの多さよりも、そこに積み重なった時間や思い出。
手を動かしながら、心の奥まで整理されていくような感覚がありました。
🌿 思い出とモノは、同じじゃない
祖母のタンスを開けた時、
懐かしい着物や家族写真、
子どもの頃に使っていたおもちゃが出てきました。
「これ、まだ置いてあったんだね」
「懐かしいね」と笑いながらも、
その一つひとつに“手放せない理由”がありました。
でも気づいたんです。
“思い出”は、モノの中だけにあるわけじゃない。
見つけた瞬間に会話が生まれ、
当時の情景や声がふっと蘇る。
そのやり取りこそが、記憶をつなぐ時間なんだと感じました。
だからこそ、
“残すこと”と“思い出すこと”は別。
心に残っているなら、モノを減らしても大丈夫。
🪞「もったいない」は、優しさの形
片付けのたびに出てくる言葉。
「まだ使えるのに」「もったいない」。
この言葉には、
“物を大切にしてきた証”という優しさが込められています。
けれど、暮らしが変わる今、
その優しさが少しずつ負担になることもある。
「いつか使うかも」と思って取っておいたものが、
今の生活を狭めていることに気づく瞬間がありました。
“もったいない”を“ありがとう”に変える。
それだけで、
手放すことが「冷たさ」ではなく「感謝」に変わりました。
🪣 手を動かすほど、会話が増える
黙々と片付ける時間の中で、
祖母といろんな話をしました。
昔の暮らし、家族の思い出、
そしてこれからどう過ごしたいか。
片付けは、
ただ物を減らすだけでなく「関係を整える時間」でもある。
「この器、おじいちゃんが好きだったのよ」
「これはあなたが小さい頃に遊んでたの」
そんな小さな会話が、
お互いの記憶をやさしくつなぎなおしてくれました。
🍃 「手放す」は、寂しさではなく前進
アルバムや古い食器、使わなくなった家具。
どれも暮らしの一部であり、思い出のかけら。
けれど、“全部は持っていけない”。
この現実を前にして、
最初は少し寂しさを感じました。
でも、一緒に手を動かすうちに分かってきたんです。
手放すことは、
過去を切り捨てることではなく、
新しい暮らしのスペースを作ることなんだと。
暮らしも、心も、空気の通り道が必要。
モノが減ると、気持ちにも風が通るようになりました。
☕ 片付けを通して見えた「祖母の暮らし方」
実家の片付けをして感じたのは、
祖母世代の「生き方の丁寧さ」でした。
ひとつのモノを長く使い、
修理して、磨いて、
「もったいない」と言いながら暮らしてきた姿。
その背景には、
物を買うのも大変だった時代の記憶や、
家族を守るための知恵がある。
だからこそ、
ただ「古いから捨てよう」ではなく、
その暮らしを尊重する気持ちを持って向き合いたい。
片付けは「世代の橋渡し」でもあると感じました。
🌸 片付けを終えて思ったこと
すべてを完璧に整えることはできなくても、
一緒に片付けた時間が、
心の中をすこし軽くしてくれました。
「ありがとう」と伝えたくなるモノがたくさんあって、
「もう大丈夫」と言える安心もありました。
実家の片付けは、
“物を減らす作業”ではなく、
“家族の歴史を受け継ぐ時間”のようなもの。
これからも、
少しずつ整えながら、
祖母の暮らしを大切に受け継いでいきたいと思います。
🌼 今日のヒント
片付けは、思い出を整理する時間でもあります。
“残す・手放す”を急がず、
一つひとつに「ありがとう」を添えてみてください。
手を動かすたびに、
家族との会話と心の距離が、少し近づいていきます。

